2015.06.10 gacco
みなさんご存知かと思いますが、無料でいつでも気軽に学べるインターネット上の大学、gacco。

ある講座を受講していますが、1回10分程度の講義が1週間で7~10回。それが4週間あります。

時にはスクーリングも。

色々な講義が無料で手軽に聞けるのでおすすめです。




スポンサーサイト
先日、法律学講座の最終回でした。
井田大学院教授による、法的視点からみた尊厳死と安楽死のお話でした。
夏スクは期が違いましたので聞けず、今回非常に楽しみでした。
柔らかそうなお人柄が伝わってきました。

ヨーロッパと異なり、自殺教唆、自殺幇助を罪としているのが特徴。
これは、生命に対する個人の自己決定権を制約していることを表す。

積極的安楽死は、殺すことで苦痛から解放すること → 殺人?
間接的安楽死は、苦痛軽減のための薬剤投与による死期の繰上げのこと(治療行為の範囲内)
尊厳死は、寝たきりなどの方の治療を中止し、自然な死を迎えさせること

いずれにせよ、現在は、適切な情報が提供され、自分がどう決定するか(自己決定権)が重視されている
刑法で適法か否かをはっきりさせない傾向。ガイドラインで解決の方向(法のお墨付きは与えない)。
「生きるに値しない生命の毀滅」の思想や、際限なく生命の保護が緩和されていき、究極は生命の軽視に繋がる?

高齢化社会の時代、将来、私も直面するでしょうね。
自分のことは主体的に自分で決める時代、法はどうあるべきか?
自分の身に起こったら?

いろいろと考えさせられました。
先生の貴重なご講義、ありがとうございました。
さて、次は集団的自衛権について。
選挙風が吹いている昨今ですが、必ず討論でもあがる「集団的自衛権」

集団的自衛権は本当に限定容認されたと解釈していいのか?
そういう問いかけから始まりました。

大事なのは、「1972年10月解釈(参議院決算委員会に出された政府の解釈資料)」。
それによれば、
「自衛の措置は、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民の権利を守るため」であって初めて認められるとのこと。

この条件は、集団的自衛権を限定容認したとされる平成26年7月1日の閣議決定でも引き継がれています。
これには時の弁護士資格を持つ党首が、交渉の末に入れた文言だそうです。

法学に従事する者は、これをもって誰も集団的自衛権を限定付きで認めたとは、到底解釈できないとのこと。
あくまでも個別的自衛権の範疇・・・

確かに今日のニュースを見ても、そこをしっかり認識して答弁をしている人はいました。
さすが法律家だと思いました。

表面の情報だけでなく、法律を学ぶ者として核心まで掘り下げて解釈しなければならないと思いました。

AKBや少女時代の話も交えながら、ざっくばらんに面白くご講義いただき、ありがとうございました。
大阪シティキャンパスで行われている法律学講座。
お題は、憲法典の不朽性と賞味期限。先生は、駒村圭吾慶大法学部教授。
少しだけ取りあげますと・・・

憲法は押しつけか?という点に関しては、Yesだと。
ただし、公的な指令文書によれば、GHQは正当に認められた権限に基づいて指示し、
日本の合意の下に共同作業で行われたといえるので「正当な」押しつけであった、とのこと。
「法学に従事する者は、公的に残された書類や規定に基づいて解釈」し、「裏事情は無関係」とおっしゃてました。

改憲案で最も問題なのは、「前文」「「13条」「97条」。

今の憲法にはあり、改憲案で「消えてしまうもの」は何か・・・?
「人類」「個人」「原理」
いずれも世界的に普遍なものとして、時・場所を問わず刻みこまれた大事な概念・・
それが、消えます。
「個人」ではなく、「人(自然人・法人)」として尊重されることになります。
団体の秩序を尊重し、自然人はその次に尊重となります。
過去の先達が勝ち取った基本的権利が、永久の権利ではなくなります。

党が長年欲してきた美しい日本の理念を盛り込んだにも関わらず、
憲法を改正しやすくする、その矛盾した論理。

次の記事は、集団的自衛権限定行使容認について。
大阪シティキャンパスにて、9月27日から4回に渡って「変革の時代における法・法律学」をテーマに、講座が開講されます。7月25日11時から募集開始。
例えば、集団的自衛権、終末期医療、会社のコンプライアンス体制など

都合つけて、どれかに参加しようと思う

詳しくはこちら↓
大阪シティキャンパス