憲法は我が国の法学の頂点にある非常に重要な科目ということで、気合を入れて勉強をした覚えがあります。
ところが、私にはテキストが難しく、市販のよくわかるシリーズを中古で購入し、学習を進めました。
ポイントとなるのは、立憲主義や個人の尊重といった法思想が土台に盛り込まれていることへの理解だと思います。
テキスト全体を学ぶよりも、序論に出てくる事項を掘り下げることの方が、テスト対策としても他の科目の勉強にも生きてくると思われます。
なので、必修科目の中でも憲法からスタートして良かったと思います。
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2016.05.03 憲法記念日
今日は、憲法記念日。
特に法学部生としては、意識せざるを得ません。
護憲派か改憲派かと二択を突きつけられますが、
まずは、「押しつけ憲法は本当か」「憲法の崇高な理念の歴史的経緯」「戦後70年を憲法学的にどう評価するか」という点を問い直さなければなりません。
国に任せてお客となってはいけない主人であるべきだ、個人の独立無くして国家の独立無し、とは福澤先生の言葉です。自分に問わないことが蔓延すれば、客としてあるのみで国民主権が無くなってしまいます。これこそが真の衰退と思われます。
私も追究し続けたいと思います。
2015.06.15 憲法の重み
安保法案を巡って国会が揺れている。
憲法違反であると、長谷部早稲田大教授と小林慶應大学名誉教授が法案を撤回すべきと反対会見を開いた。

集団的自衛権を認める内容もさりながら、解釈変更という手段で実質的に憲法を骨抜きにすることの方が問題だ。
国際情勢の変化にあわせて対応するべきであるという意見もあるが、これは時勢対応のためには手続きは不要と言っているのと同じであり、はなはだ危険な議論であると言わざるを得ない。
憲法の改正手続に則って国民の審判を受けるのが筋である。

立憲主義の歴史的経緯とその意味、それに基づく法の支配の原理、判例の評価方法等知っておかないと、日本の政治は危うくなると思う。


法学部なので触れずにはいられない話題・・

そう、今日は憲法記念日。
国民の祝日に関する法律第2条によれば、「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」こと。

集団的自衛権の解釈変更の論議が高まっている。
憲法を中心とする平和主義体制と日米安保条約による米国の傘による軍事抑止体制。
この二つが日本の平和の大きな屋台骨。
集団的自衛権容認で軍事抑止体制一本へ。
日本の国体への影響は・・?
それとなく武器輸出三原則が変更され、「国際協同開発」名目の輸出には政府の事前同意は不要となった。

なぜ、「憲法改正」による改憲ではなく、「解釈」改憲なのか?
なぜ、集団的自衛権の行使を限定する条件が、「憲法」ではなく、「法律」なのか?
なぜ、「環境権」等を加憲して改正に慣れた後に「9条」改正を狙うのか?

安全保障の枠組み変更は、国家の在り方を根本から変える。
ぜひ、解釈変更ではなく堂々と国民個々に対し発議してもらいたい。
それが立憲主義であり、国民主権だから。
立憲主義は不変の原理である。それは、無数の市民の犠牲(血)から成り立っていることを忘れてはならない。




先日、新聞で慶応大名誉教授小林先生のコラムを拝見しました。

集団的自衛権の行使は、解釈改憲ではなく、きちっと暴走に歯止めをかけるような枠を当てはめたうえで、
憲法を改正し、可能とするべきだとする要旨でした。
これは、現実的な世界の潮流を踏まえれば、日本が何も貢献するわけにはいかないとすることに由来するものでした。

経済大国世界第二位に中国が上がり、日本は第三位へ陥落。しかし、国連分担金拠出額はアメリカの次に日本が第二位。
中国は力が弱い南沙諸島へ進出を強化している。
国際広報予算は、中国は年間1兆円。日本は民主党政権で縮減するも、やっと5倍に拡大して対応を開始する。

このような日本の立ち位置で、国の形を作る憲法はどうあるべきか。
9条が認めていない集団的自衛権を可能にする解釈改憲は、解釈を超えた改憲であり、憲法の最高法規性・制憲手続を無視する危険な方向性だと思います。

もう9条を声高に叫ぶだけでは、世界の潮流から立ち遅れるのでしょうか。

憲法と国際政治、法解釈と政策・・