先日、標記講座へ出席しました。
今回は、「教育」です。

主なところは次のとおり。

 ・明治14年の政変は重要。大隈重信と慶應関係者は追放され、以後儒教中心の教育へ。
 ・福澤は、個人の独立は国家の独立へ繋がる不可分なものと捉えていた。このため、儒教主義とは相容れないが、一方で江戸時代の寺子屋教育は肯定していた。いわゆるリアリズムの肯定。そうならざるを得なかったのは、当時は2~3年の短期教育が主流であったことも一つ。
 ・修身要領(学生のモラルコード)の編纂が行われ、普及講演会が100回以上行われた。慶應義塾を廃止し、土地を売却してまで普及を考えた。
 ・この精神(大学内での教育に留まらないこと)は、今も各地で講演会、講座が開講され、受けつがれている。つまり、教育は、学校教育に拘らず、「人間社会教育」(はじめて社会教育という語句を福澤が使った)たるべき。学校は、「人に物を教うる所にあらず・・・発育するの具」たるべきと考えていた。
 ・学問は実学である。実学はサイヤンスである。リアリズムとの関係で、どう実学を学問に近づけるのか。また、繋いでいくのか。

※福澤は、あの有名な「慶應義塾の目的」どおりでない慶應義塾の現実にいらだちを覚えていたらしく、その葛藤はいかほどかと推し量られた。

来月は、もう最終回。
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